私が開院した理由

念願の薬学の大学院進学

私は小さい頃から動物好きで人の役に立てる仕事
がしたいと考えて医療の道を志していました。

その希望通りに薬学に進み、薬剤師の資格も取得し、
大学院に進みました。

将来は、薬の研究者になれればと考えておりました。

その時はまだ、整体を仕事にするとは思ってもいませんでした・・・・。

 

1995年1月17日阪神淡路大震災で実家が全壊・・・

下宿先の長崎で朝7時に見たテレビの光景は
今でも目に焼きついています。

私の思い出の夙川や芦屋周辺が映し出され、マンション
やビルは倒壊し火災があちこちで起きて、まるで戦争で
爆撃されたかのようなひどい光景でした。

震災で、実家は全壊し両親は小学校の避難生活を余儀なくされました。

「心配いらない」と両親は言ってくれましたが、居ても
たってもおられず両親の避難先の小学校を訪ねました。

私の実家やその周りの風景が一変して、道は寸断され、実家は
今にも倒れそうに歪んだ状態に本当にショックを受けました。

私は、すぐにでも両親の手助けをしたいと考え、
研究の道ではなく、地元での就職を選びました。

入社先に選んだのは漢方薬の卸の会社で、元々漢方薬にも
興味があったので多くの漢方医や薬剤師の先生方に接し、
必死に漢方医学を学ぶ毎日でした。

 

バレンタインデーに悲劇が・・

そうして平穏に仕事をしていたのですが、

忘れもしませんバレンタイデーの2月14日の仕事中に
阪神高速で交通事故に巻き込まれてしまったのです。

その後、3週間の入院生活を強いられました。

医師の説明は、「首の骨がずれている」とのことでしたが
ローラーや牽引ぐらいしか治療はありませんでした。

その頃は整形外科的な治療のことなど全く分かりません
でしたが、そんな素人同然の私でもこんなことでは
治らないだろうというくらいは感じていました。

 

次は、人生初のぎっくり腰に・・・

その後、首に不安を抱えながらも仕事に復帰しましたが、
それだけでは終わりませんでした。

今度は、うだるような暑さの中、またしても仕事中に、
人生初の「ぎっくり腰」になってしまったのです。

歩くのもままならない日が続きました・・・・。

そんな私を見るに見かねて、上司が野球選手や相撲取り
が訪れるという有名な整体院を紹介してくれました。

少しでも痛い腰が治るならと藁にもすがる気持ちで、
治療を受けに行きました。

 

初めての整体の衝撃

その先生は、私の腰をさっと触ると、「腰椎4番がずれています」
といっていきなり、私の腰をバキバキと捻りました。

すると、不思議とあれだけ痛かった腰が楽になったのです。
本当に劇的な効果にびっくりしました。

薬や手術もなしで腰痛を治せる整体に魅せられました。

すっかり、整体の虜になった私は、その先生に弟子入りを
希望したのですが「弟子はとりません」と断られました。

 

弟子入りを断られたが、諦めきれず・・

弟子入りは断られましたが、いつかは先生の様な本物の整体師
になりたいと思い、カイロプラクティックの学校に通ったり、
整体や色々な手技療法を研究しました。

名人がいると聞けば、広島や東京にも行き、色々とお話を伺いに行きました。

そういった名人から、人を治すのは最終的に
技術や理屈ではなくて

・「患者さんを絶対治す」
・「自分の感覚を研ぎ澄まし信じる」

という気持ちが大切だという事を学びました。

 

色々遠回りしましたが、1999年5月に開院

その後も、様々な先生や先輩、同期などと研鑽した修行時代を
経て1999年に芦屋で芦屋カイロプラクティックを開院しました。

開院後は、吉本興業創業者故林マサさんご夫妻などにも可愛がっていただき、
関西の財界人や知識人も通って頂けるようになりました。

少しずつですが、患者さんも定着しだした2001年に長女が誕生しました。

 

長女が先天性股関節脱臼と診断され、・・

結婚して7年目に誕生した長女は、先天性股関節脱臼を
患っており、その股関節を少しでも治してあげたい
という親心で、それこそ命懸けで整体を研究しました。

しかし、赤ちゃんに関する整体の本はほとんどなく、
手探りで我が子の治療を始めました。

ちょうどその頃に、ある有名なカイロの先生にも長女を
見て頂くことができ、親子三人で治療に通いました。

その先生からは子供の治療に対するアドバイスをたくさん頂き、
中でも東洋医学的なアドバイスは非常に納得のいくものでした。

私が漢方薬の会社にいた偶然も重なり、漢方医学と整体を融合
させて、現在の「0歳からのベビー整体」が誕生しました。

 

今後の目標

私の様につらい経験を少しでもしなくていいように…

私の持っている経験を一般の方や整体の先生などにお伝えして、
全国にベビー整体を普及し、ベビー整体師も育成したいと考えています。

私自身もまだまだ整体師としての更なる技術の向上を目指し、
患者さんの期待に応えられる治療家になっていきたいと思っております。

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